天皇は本来、神祀りの祭祀長でしたが、表舞台に立って政治的な権威を持ち、祭祀以外の役割を持たされるようになりました。神職は公務員となって官僚的な制度に組み込まれ、組織化されました。
戦後、国家神道は解体され、今度は宗教法人として新たな時代を迎えます。国からの援助がなくなったことで、宗教団体として経済面に腐心するようになりました。確かに管理にもたくさんの費用がかかりますので、ある程度はやむを得ないのですが、本来あるべき姿をやや見失っているように思う時もあります。
昭和の時代、人知れず由緒ある数十社で神社の祓いが行われました。神仏習合の時代から積もりに積もった穢れを、夜、古式に則って神祓う神事でした。神社本庁事務総長を始め、ごく少数の幹部方も関与されていました。当時の記録の中に、事務総長の書かれた文章を見ることができます。いつの時代でも真に憂う良心ある方々はいるのです。でも神社が宗教法人となった以上、残念ながら、将来的にも仏教伝来前の姿に戻ることはないでしよう。
大和心の支柱となっている古神道は、記紀を見まれば明らかですが、古来、天皇の祭祀として行われていたものです。ですから、いわゆる宗教の様に世に広めるものではありません。皇室の祭祀として、時代を超えてその本質が真摯に伝承されてゆけばよいのです。
ただ記紀によれば、武内宿禰の様な天皇の祭祀を支える存在が必要になります。天皇お一人ではできませんから。それが明治時代を最後に、大正時代以降、天皇の側近からいなくなってしまったことが残念です。
そして、昭和になってから皇室祭祀が大幅に削減されました。ついには某侍従長が皇室の最も重要な祭祀である「新嘗祭」をもやめさせようとするなど、天皇が本来務めるべき役割を妨げようとするに至りました。なんとも悲しいことです、、
