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大和心

第25回 天皇にはかつて姓があった!-3

著者:小山一夫 / 公開日:2022-03-21

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

この日本の歴史記録から削除された第一回目の遣隋使ですが、一体誰が差配したのでしょうか。そしてその目的は何だったのでしょうか。

私はこの歴史ミステリーを考えるときに、ひとりの人物が頭から離れません。それは厩戸皇子です。彼は昔から聖徳太子と呼ばれていますが、これは間違いです。なぜなら当時、太子という地位はなかったからです。

聖徳太子の死因は病死ということになっていますが、その妃も1日違いでなくなっています。毒殺説もあるくらいですが、悲惨なのは斑鳩の虐殺とも言われる山背大兄王(聖徳太子の息子)ら厩戸皇子一族の殲滅でした。女性子供まで誰一人り残さず虐殺されたのです。(一部は自害) そしてそれを指揮した巨勢徳多は、後に太政官における事実上の最高位である左大臣にまで大出世しています。

梅原猛の「法隆寺=聖徳太子の怨霊鎮めの寺」説もあるように、聖徳太子が怨霊化したという学者がいるくらいとても血生臭い事件だったわけですが、それを指揮した人物が、政府の最高位にまで昇りつめるというのも、何か陰謀めいた背景が窺えます。

様々な説がありますが、これ程の皇族虐殺事件は日本の歴史でも極めて例外的なものです。私はその辺りに日本正史から消された第1回遣唐使との関わりがあるような気がします。