ヨガのマントラの場合、その言葉を発する時の振動に深い意味があります。声帯から発する振動を、体液や骨格などを媒体としてチャクラに注ぎ込み、それによりチャクラの働きを制御するなど。これはあくまで物理的な働きかけです。
一方神道の祝詞の場合、言葉よりも「誠・敬神・浄心」が重要になります。つまり「至誠通天」というように、神に通ずること、つまり神人合一できなければ、単に祝詞の言葉を発したにすぎません。単なる儀式としてならそれでいいでしょうが、それでは神に通ずることはないと思います。
言挙げ、つまり祝詞が力を持つかどうかは、奏上するものの「真心」というか「誠・敬神・浄心」が不可欠だということです。
万葉集には、倭の国は「言霊の幸はう国」「言霊のたすくる国」と書かれています。倭国は大和国とも書かれるように、大いなる和(和魂・にぎみたま)の国です。
この和とは、人と人との和だけではありません。大自然との和、生きとし生けるものとの和をも意味しています。人間が傲慢になり、自然を破壊し、互いに争うようでは、とても「言霊の幸はう国」「言霊のたすくる国」にはなれないでしょう。
私たちは真心を以て、あらためて「和」つまり和魂の大切さに目覚めるべきだと思います。
