神道と日本の記事一覧

大和心

第101回 学んで思わざれば―1

著者:小山一夫 / 公開日:2022-07-05

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

『物を評するは己を告白することだ。

深い人は何でもないことを深く解釈し

詰まらぬ人間は深いことを浅く解釈する。

心暗ければ世暗し、心明るければ世明るし

心深ければ世深し、心浅ければ世浅し。』

「安岡正篤一日一言」致知出版社

例えばヨーガスートラやウパニシャッドについて語るとき、どのような解釈ができるかによって、その人の理解の深さがわかります。

これはヨーガに限らず、全てについて言えます。

また単なる言葉遊びなのかどうかは、その理解が己の体験に基づいているか否かによって、判断することができます。

真に理解の深い方は、皆が見過ごしてしまう些細なことであっても、そこにさまざまな真理を見出すわけです。

坐井観天、という言葉があります。

井戸の底に坐って天を仰いでも、広大な蒼天の僅かな一角しか見えません。

それが全てだと錯覚してしまうと、人間の成長も期待できないでしょう。