
『物を評するは己を告白することだ。
深い人は何でもないことを深く解釈し
詰まらぬ人間は深いことを浅く解釈する。
心暗ければ世暗し、心明るければ世明るし
心深ければ世深し、心浅ければ世浅し。』
「安岡正篤一日一言」致知出版社
例えばヨーガスートラやウパニシャッドについて語るとき、どのような解釈ができるかによって、その人の理解の深さがわかります。
これはヨーガに限らず、全てについて言えます。
また単なる言葉遊びなのかどうかは、その理解が己の体験に基づいているか否かによって、判断することができます。
真に理解の深い方は、皆が見過ごしてしまう些細なことであっても、そこにさまざまな真理を見出すわけです。
坐井観天、という言葉があります。
井戸の底に坐って天を仰いでも、広大な蒼天の僅かな一角しか見えません。
それが全てだと錯覚してしまうと、人間の成長も期待できないでしょう。