祓祝詞を奏上したり、塩湯の祓いをしたり、それはそれで意味はありますが、「浄心」と「至誠通天」がなければ、それが真に効力を持つことはないでしょう。
滝に打たれたり、火の中に入ったり、それで「浄心」になれるかと言えば、答えはNOだと思います。
つまり「何かをする」ことによってではなく、それ以前の問題なのです。
古神道に鎮魂法と帰神術というふたつの修行方法があります。
これらは神伝の大変貴重な法術ではありますが、仮に、何十年間にわたって熱心に修行されたとしても
自ら明確な霊肉分離の境地に至れるかどうかは、本人次第なのです。
「至誠通天」を極めることができれば、これらの修行法がなくとも、正神界に通ずることは出来ると思いますが、「浄心」から離れていたら、どんなに鎮魂帰神の修行に励んでも不可能なのです。
なぜ鎮魂法が「法」で、帰神術が「術」なのか、、、。
その意味についても深く考える必要があります。
神社参拝も同様です。
「浄心」と「至誠通天」。
この二つの言葉をキーワードとして、参拝に臨まれることをお勧めします。