
『朝に道を聞かば夕べに死すとも可なり』
論語にでてくる有名な言葉です。
この「朝」は通常「あした」と読み下しますが、なぜ「あさ」と読まないのか、昔随分考えてしまいました。一般的な辞書では(三省堂・大辞林)「人としての道を悟ることができれば、すぐに死んでも悔いはない」ということらしいのですが、例によって、素直な性格でない私は、歴史を紐解きながら、いろいろ調べてみました。
確かに現在出版されている解説書を4~5冊開けましても、表現は別にして、ほぼ同じ解釈をしています。ですが中国に於いては必ずしもそうではないのです。
たとえ有名な先生の解釈であったとしても、それを盲信しないのが私の昔からのスタンスです。
探源、つまり源を探りませんと、本当のところは見えてきません。そこでこの論語の一文についても、孔子の母国である中国でどのように解釈されていたのか時系列的に調べてみました。
もとより中国に於いて、論語の注釈に大別して古注と新注があるのは知る人ぞ知るところですが、実際には、魏、梁、宋、南宋、清と注釈にも時代的な変遷がみられます。