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大和心

第151回 武道と神伝-2(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2022-10-18

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

空にして有。いわゆる中(ちゅう)有(う)なる、幽顕一如の境とでもいうべきか。たくまずして自然そのもののありようが判然とし、大字宙に己れをまったく移入し得たと直覚した。『とうとうわしは、己れ自身、わが全能をのみもって”神を視た”』と、開祖は、あの時ほど己れがいとおしく、かつ誇らしくおもえたことはなかったとのちに語っている。』(「合気道開祖植芝盛平伝」出版芸術社)

この開祖の体験を先の阿波翁や空海と並べてみると、やはり光体験と振動という点で共通したものをみることができます。以前私が体験したときも、まさに太陽が頭の中心に出現したかのような「スパーク」と言っていい位の強烈な光と躍動を体感しました。

それは実にリアルな質感と物凄い躍動感をもっていましたが、瞑目しているので視覚として現れたものではありません。当時は醍醐寺で修行していたこともあり、前述の空海の報告と対比させながら自らの体験を検証しようとしましたが、あまりに一致点が多くとても驚きました。

いろいろ検討した結果私は、阿波翁、植芝翁、そして弘法大師空海は、単なる偶然ではなく、修行上の必然として同様の体験をされたのだと理解しています。