卑弥呼を神功皇后だとする説は、多分一番古いものです。
もちろん神功皇后自体も実在したかどうかは議論の分かれるところですが。
記紀によれば、第14代仲哀天皇の皇后であり、日本書紀では「気長足姫尊」で天皇崩御から応神天皇即位まで、摂政として約70年間統治したと記述されています。
神功皇后は仲哀天皇と共に九州に赴き、そこでの幽斎で天皇は崩御。その後自ら熊襲を平定、朝鮮半島にも勢力を伸ばしました。そのため記紀でも特出した英雄となっています。
卑弥呼が神功皇后であるとの説は、日本書紀の「神功紀」にあります。
3回にわたり倭の女王が中国に朝貢していることを注記し、この女王を神功皇后に結び付けました。そのため以後、卑弥呼=神功皇后説が定着しました。なにせ天皇が認める正史に書かれているわけですから。
ただ現在では、紀年論にもとづいて卑弥呼と神功皇后の時代は100年以上の乖離があることが徐々に明らかになってきたために、この説を主張するのは難しくなりました。
神功皇后が古神道に長じていて、神託を受けながら重要政策を実行していただけに、もっとも卑弥呼に相応しい候補だっただけに残念ですが、それついては最後に私の推論を書きたいと思います。