卑弥呼の死後、後継者として台与(壱与)が擁立されます。
これは卑弥呼の地位が女性継承であったことを示していますが、政治は男性、祭祀は女性という仕組みは、現代にも引き継がれています。
斎宮制度は初代豊鍬入姫命、2代倭姫命に始まり76代祥子内親王(1333-1334)まで恐らく1000年以上続いていました。南北朝時代、延元の乱により途絶えますが、それまでは未婚の女性皇族が務めていました。その名残の制度が現代にも引き継がれています。
それは「祭主」と言われ、初代は推古天皇(593年)の御代に遡ります。明治維新までは中臣氏が務めていましたが、明治の御代からは皇族が、昭和22年以降は皇女がその役を担当しています。現在は上皇陛下の第一皇女である黒田清子祭主。
第76代祥子内親王が最後の斎宮になりますが、それは第67代祭主(大中臣蔭直)の時期に当たります。つまり700年以上にわたり、斎宮と祭主が共に伊勢神宮に奉仕していたわけです。その後は祭主に統一されたようですが、近代は70年以上、女性が祭主を務めています。かつての卑弥呼と男王、天皇と斎宮の関係が再興された感があります。