副島翁の人柄について一つエピソードがあります。
『またある時、侍従長は天皇から、副島は近ごろ気分がすぐれないようだが、何かわけでもあるのかとの下間を受けた。副島家の家庭事情を知っている侍従長は、副島は友人の債務保証をして大変困っているらしいと奉答した。すると天皇は侍従長を召し、手許金から一〇万円下賜の恩命をもって、直ちに副島邸に届けるようにとの沙汰であった。侍従長は馬を駆って副島邸に使いして、勅旨を伝達し、副島は感激してありがたく拝受した。
しかし翌日に副島は参内して天皇に謁し、恩賜の沙汰に深謝の意を表した上、あらためて辞退の意を申し出た。そして威儀を正して言上した。
国父は万民を平等に愛すべきであり、側近奉仕の故をもって私のみを偏愛されるのは君徳を傷つけることになるとし、国内には天災地変多く悲惨な境遇にあるものが少くないので、その賑血(しんじゅつ)の用の足しにでもと願った。
副島の退出を見守った天皇は、しばらくして侍従を召し副島邸への急行を命じた。副島は死ぬかもしれない、朕の命だと言って差し止めよ、とのこと。侍従が副島邸にかけつけると、副島は衣服をあらため、まさに割腹し諫言の無礼を死によつて詫びようとする、間一髪のところで、未然に防がれたとされる。
この秘話は、石川順「砂漠に咲く花」(私家版、一九六〇年)にあるが、田邊治通(平沼内閣の逓信大臣、昭和二十五年没) の直話という。』(「副島種臣」安岡昭男著)
なお、前段の友人とは副島翁の元書生であったため、翁の性格上無碍に断れなかったのでしょう。 この債務保証ですが、これは後に庄内の酒井家の援助で助けられています。その縁もあり、酒井家が「南洲翁遺訓」を編纂した際に副島翁が序文をよせています。
清廉潔白を絵にかいたような副島翁の信念を今の政治家にも学んでほしいものです。