
平田篤胤は宣長の弟子を自認していますが、実際には全く面識はありません。
夢の中で弟子入りしたとのことですが、なんとなく言ったもの勝ちのような印象を受けます。
実際には1805年に本居宣長の実子である春庭に入門しました。
「こひこひて有経し大人の面影を其御子に見るけふの嬉しさ」
この和歌を見ても、生前に会えなかった事が彼にとって如何に残念だったかがわかります。
篤胤の著書「古道大意」によりますと、
「学ぶ道を古道と申す故は、古へ儒仏の道、いまだ御国へ渡り来らざる以前の、純粋なる古への意と言とを以て、天地の初めよりの事実を、すなほに説考へ、その事実の上に、真の道の具つてある事を明らむる学問である故に、古道学と申すでござる」
ただ彼自身は、仏教や仙道、天文や医学など様々な学問に手を広げているので、宣長とはアプローチが異なります。このアプローチの違いが後々、死後の世界をめぐって日本の神道界を二分する争いの原因の一つになるとは、さすがに篤胤自身も想像していなかったことでしょう。
平田篤胤

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