
『明治天皇は戦争そのものは大変嫌いでしたが、軍事演習を見に行くことは好きでした。演習は自分にとって面白かったし、体のためにも良かったからです。
演習については面白い逸話が残っています。風雨のなか天皇は得意の馬を駆って視察をしていたところ、お供のものを振り切ってしまう。たった一人の供を連れ道に迷った天皇は、途中会った農夫に観覧に適した場所へ案内をさせる。喉がかわいた天皇のために茶をもってきたとき、すでに多くの供がまわりをとりまいており、農夫はそこではじめて自分が話していた相手が誰だったかを知ったわけです。』(「明治天皇を語る(新潮新書)」)
ドナルド・キーン氏は
「軍事演習を見に行くことは好きでした。演習は自分にとって面白かったし、体のためにも良かったからです。」といいますが、私は少し違うような気がします。
明治天皇は明治15年(1882)に「軍人勅諭」を陸海軍軍人に下賜しました。
忠節・礼儀・武勇・信義・質素を軍人が守るべき徳目として挙げていますが、とくに「世論に惑はす、政治に拘らす」として、世論の影響を受けたり、軍人が政治に関与することを厳しく禁止するものです。これは軍人に節度と忠誠を求めるものですが、教育勅語に先立って天皇がわざわざこの勅諭を下賜したのは、軍部の暴走を危惧していた為だったと思います。