
「大日本者神国也。
天祖はじめて基をひらき、日神ながく統を伝へ給ふ。
我国のみ此事あり。異朝には其たぐひなし。
此故に神国と云いふ也」
これは神皇正統記の冒頭にある文章です。
神皇正統記とは、南北朝時代(1337–1392)に北畠親房(1293-1354)が、後村上天皇(1339-1368)の為に、南朝の正統性を述べた書として知られています。
幼帝に国の尊厳を語るところから始まりますが、そこに神国という語が登場します。古事記(712)と日本書紀(720)を踏まえて、神国である我が国にのみ神の道が伝わり、他国とは全く異なる神聖な国であると強調しています。この「神国」ですが、単に神聖であるというだけでなく、神に守られている国という意味も含まれているように思います。なぜなら元寇(文永の役・1274、弘安の役・1281)の余韻冷めやらぬ頃だからです。
いわゆる神風でが、これは伊勢内宮別宮の風日祈宮と外宮風宮の神々(級長津彦命と級長戸辺命)の御神威と信じられていました。つまり2度にわたる蒙古襲来を通して、我が国の存亡にかかわる危機に際しては、神の助けがあると実感されたのでしょう。