
『非常に粗末な木造二階建ての家に明治天皇は住んでいました。一つの部屋を夜は寝室、昼はベッドを片付け執務室にし、食事もここで摂っていました。東京から持っていった机、椅子など以外に家具はありません。壁を飾っているのは八角時計のみ。あまりに殺風景なので、誰かが壁に何かかけてもよろしいでしょうか、と訊くと、明治天皇は、「第一線にいる軍人たちには絵がない」と断りました。
安楽椅子や、冬には暖炉を勧めても同じです。建物の増築が提案されたこともありましたが、自分が楽をするための増築は望まない。軍服を新調してはとの声にも裏に継ぎはぎすることを選ぶなど、戦っている兵士の苦労を思ったら不便などない、という考えでした。すべては兵たちと共にあることを考えてのことです。』(「明治天皇を語る(新潮新書)」)
「戦地に斯くの如きものや有る。」
「朕の不便の故を以て増築を図るは朕の志にあらず。出征将卒の労苦を思はば不便何かあらん」
国のために命をかけて戦場に向かう兵士たちに、明治天皇は心から寄り添おうと思われていたのです。もちろん周囲の人達は、天皇にできるだけ快適な環境をと思ったのでしょうが、天皇御自身はそれを望まれませんでした。なぜなら戦地は、もっと厳しい環境だと御存じだったからです。おそらく御自ら広島に赴くことで、兵士たちの心の支えになろうとされたのかもしれません。
明治天皇には、このような逸話が多く残っています。
この大御心は、天皇御自身の真心の顕れだったのです。
ドナルド・キーン - Wikipedia

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