以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
古神道の視点から、祓祝詞を考察します。
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平田篤胤は、大祓祝詞に於ける「天津祝詞の太祝詞事」を自分で言葉を集めて創作した。これは一般に知られる祓詞の原型だという説もある。
「高天原に神留坐須す。神魯岐神魯美命以て。皇御祖神伊邪那岐命。筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原に。御禊祓ひ給布ふ時に。生坐る祓戸の大神等。諸々の枉事罪穢を。拂ひ賜へ清め賜へと申す事の由を。天津神圀津神。八百萬の神等共に。天之の斑馬の耳振立て聞食せと。恐み恐み白す。」
大祓祝詞の最重要部分である「天津祝詞の太祝詞事」については昔から論争があるが、大きく分けると4パターンあるようだ。
まず大祓祝詞そのものが「天津祝詞の太祝詞事」であるという本居宣長や賀茂真淵の説。次に大祓祝詞の一部であるとする出口延佳の説。特別な祝詞のようなものがあるとする平田篤胤や大国隆正の説。そして他にあるが不明とする折口信夫らの説。そのどれが正解なのか、いずれも確たる根拠がないので、学問的な決着はつかないだろう。
これは本田霊学をベースとした私見だが、私は上記4パターンのいずれでもないと思う。
幽斎の場において祓いが行われる時、審神者も神主も無言のままである。神が祓いを行われる時に、人間の行動や言動が邪魔をすることになるからだ。
それに、元々「天津祝詞の太祝詞事」の起源は神界にある。だとすれば人間の言葉であるはずはない。