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大和心

第408回 本田霊学の継承-1

著者:小山一夫 / 公開日:2024-06-24

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『霊学の継承

本田親徳先生が明治の初年、霊学を樹立されましてから今日に至る迄、実に百年の継承が為されて居ます。そしてこの間、その門流に多くの勝れた道人が輩出いたして居りますが、その正統と目すべきは駿河清水市の長沢雄楯―稲葉大美津―佐藤隆(卿彦)であります。之は間違いなき事でありまして、約して申せば本田先生に道を樹てしめ長沢雄楯に伝えて基礎を確立し、その上に立って稲葉大美津を経て佐藤卿彦に至り幽斎を奉仕せしめたのは、全く神々の御約定によるものと申し得るのであります。かく申しますと甚だ独断的な言い分と思われ、そこには客観的な態度に欠くると批難もありましょうが、追々明らかになることと思われますので、読者はこの結論は暫く置いて問われず、共々に霊学継承の跡を辿っていたゞき度いと思います。(以下敬称を凡て省略す)』(『本田親徳研究』)

確かに本田翁を始め長沢翁、稲葉翁も多くの門弟を有していた。筆者の知る限り、副島翁が他者に指導した形跡はほとんどないが、それは神意による役割の違いの為だろう。(後述)

ところで正統とは、何だろうか。それは本田翁の遺した皇法、帰神術、鎮魂法そして審神者の法等をその本質を守って継承することが、最も重要な必須要件になる。その部分を勝手に変え、先師達を否定してしまったら、それはもはや正統とは言えないのではないだろうか。

本田霊学はあまりに奥深く、筆者の様に50年近く修行し研究を続けていても、未だにわからないことが多い。佐藤先生や兄弟子の大久保藤男翁、秦野浅治翁にもっと質問をしておけばよかったと、日々後悔している。

今回は、巷間で言われているような間違いを正し、本田霊学が本来どのようなものであったかを明らかにしたいと思う。それが佐藤先生や兄弟子達に対する恩返しのひとつになれば幸いだ。筆者は、本田翁によって再興されたこの本田霊学が失伝することを何よりも憂いている。この試みが、これからの正統な伝承に多少なりとも役立つことができれば、それ以上の喜びはない。