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大和心

第431回 本田霊学の継承-9

著者:小山一夫 / 公開日:2024-07-09

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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薩摩出身の吉井友美の自宅で、極秘裏に行われた西郷隆盛一周忌。当日の参加者は副島翁を含めて僅かに4名。招霊の正面には西郷の一軸をかけて、往時を偲んだという。その夜、副島翁が詠んだ歌がある。西郷への思いが込められている。

『汝かために はしる涙は 民のため 君の御ためを 思ふすゑから

子供すら 夜鳴ずありけり 大君の 醜の御楯と 汝が有りし時

大君の 右の腕とも たのまれし 事もにくげの 種としなるを

罪あるか はた罪なきか 罪あるも 汝か功は つぶさるべしや

一杯の 水もてまつる 此こゝろ 汝は酌取て 淡しとや見る 』(「副島種臣」(佐賀城本丸歴史館))

西郷を想う副島翁の涙が眼に浮かぶようだ。副島翁も共に下野した西郷の遺言は心に響いたことだろう。江藤新平もそうだが、信頼する友が志半ばで続けて世を去ったことは、副島翁にとってもかなり心を痛めたに違いない。清国帰国後に副島翁は、本田霊学へより傾倒してゆくことになる。

『吉井宅での西郷一周忌の顚末を後日宮島から聞いた勝海舟は、西郷、副島、板垣そして自分を和歌に詠んでいる。勝は副島を「宮はしらふとしくたてばかならずや其うつばりとならん君かな」と詠った。宮殿を支える宮柱が太くなったならば、副島は必ず屋根を支える梁の役目を果たすであろう。「宮柱」とは、吉井や宮島ら宮中派を念頭に置いていたとも解釈できよう。勝もまた、副島を宮中を支えるべき人材と看倣していた。』(同書)