「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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ところで横山信行氏は「蒼海窓問答」について次のように書いている。
『これは、明治の元勲副島種臣とその弟子との間答の記録である。中国通の副島の博学ぶりが随所に見られ、その原典をさがすのに苦労する程であった。
副島種臣が神懸や鎮魂をやっていたとは、世間は誰れも知らない。多分、当の本人も誰れにも口外はしなかったと思う。西南の役の一年前に神懸で、直接西郷南洲を説得するよう神界より指示されたにもかゝわらず、自らおもむかず、代理人を立てて、書簡 (帳)による説得であった為、西郷はついに決起してしまった。これに驚き、副島翁は急ぎ神懸による神界の命に従って、その責を問われぬ為に中国へ一時難を逃れたと言われている。どうもこのエピソードから判断するに、この段階まで本田霊学を真底信じていたとは思われない。西南の役の一件で、恐らく本田霊学の正しいことが骨身にしみて感じられたことと思われる。
この問答を読んでみると、随所に中国思想と本田霊学とを結びつけようとの副島翁の意識が読みとれる。真に本田霊学を理解していたとは思われない。ある知識に固っていると正しい神懸がいかにむづかしいかを如実に示している。長沢翁の「今まで学んだすべての知識を棄て、白紙になって......」の言葉がいかに重要であるかがわかるであろう。副島翁は未だ霊肉分離の境地に達していたとは到底考えられない。佐藤先生も生前、「中国思想に染まっている」とよく言われていた。これは本田霊学の名を借りた副島翁の自己主張の書である。』(「蒼海窓問答現代語訳」横山信行著)