高皇産巣日神、神御産巣日神。この二神は御中主神の用を云へるにて、高皇産霊は顕の廿五気をさし、神皇産霊は幽の廿五気をさせり。約して之を云ふときは則ち高は顕にして光なり。神は幽にして温なり。この光温二気は万物を造化生育するの根元にして大虚空中此の二気普ねからざるの地なし。
却説両産霊の大神は光温二気を分掌し玉ひて、宇宙に充付し顕幽の妙機を執り給ふことなるが、独り我大陽系のみならず他の万有の世界をも総て主宰し玉ふ神徳に坐せば、其の広大無辺なることは言辞の得て形容すべき所に非ずと知るべし。
と述べて、古先人の古事記を説く者が神理に暗くして、啻に神人幽顕の別を錯乱している誤謬を批判しているのであるが、この宇宙観神霊観はそのまま蒼海窓問答に展開して行くのであります。
ここに少し他みちに入りますが、本田霊学の本論とも云うべき「古事記神理解」と「難古事記」は久しく名のみ伝わって実物が発見せられず、流れを酌む者の大いなる歎きでありました。或は副島家に存して居るのではないかと申されて居りましたが遺族の方は全く無いとのことでありました。併し之は自筆本が門人鈴木広道に与えられ、筆者の家に伝わって全集の中心として出版されたのであります。併し副島がこの二著を読了したことは確実であって、祖父広道の遺した言葉によりますと、「難古事記」を読んで副島は、師の説の通りであるけれども之を世に発表すると災を必ず招くことになる故、深く蔵して出さぬ様にと切に申したとの事であります。従ってこの両書を副島に示したことがわかります。当時平田学派が神社界を強力に支配していたのであるから、篤胤の謬説を烈しく批難した以上、師説に 異を立てた鈴木重胤の如く刺客に襲われることも当然予想されたのでありましょう。
さて「古事記神理解」については前に己に申述べましたので重複をさけ度いと思いますから、主として「真道問対」について三元八力がどの様に記されているかを見ますと、第十一 章~十八章に