の注目すべき一 章がある。胎内にあって心臓が先ず成ると云い、四魂の心臓にあるや明らかなりと云 うのは、胎中己に四魂の成就を説いて居るので、之は先の一章と照応するものであり、副島の結論で あると思われます。そして一 霊に至っては、胎内の時は母体の霊に同じ故に、生れて始めて人として 産土の神より一霊即ち直霊をいただく(自己力徳の取る処)ということになります。
然しながら「蒼海語録」の他の章 (全集四九四頁)には、
① 問 人の始めて生じ、霊魂幾点子を錫はるか。
曰 凡そ人の始めて生じ、先づ之に錫はるは愛 一点子なり。 而して初めて胎より出 でて奇魂・勇魂・親魂各一点子を錫はるなり。
② 問 然らば則ち終身是れにて止むか。
曰 長ずるに随ひて之に降すこと各同じからず。
③ 問 是くの如くんば則ち造物者は不公平か。
曰 天(此の天は地球の天なり)の政を為すや、決して不公平なし。善なるもの独り 能く賞を受くる者たるのみ。
②及び③に至って師説と全く等しいことを知ります。①の父母交感の時愛魂一つを賜わるという事も首肯されますが、この一魂にて充分に魂体力を成育して行けるのであって、成育して外界に堪え得るに至れば出産して、胎を離るる時他の三魂を賜うと説いて居ります。最初に大気を呼吸して天地の霊気を自己の力徳を以て取ると云う師説と合致いたします。唯右の問答の①に、人の生るる時に三魂を賜うて四魂初めて全しと云うことは副島の新説であり、②の長ずるに随って之に霊魂を降すこと各同じくないと云うのは、道之大原第十章及び真道問対第七の師説に基づいたことを知るのであります。
又右の蒼海語録の②については、一度援けられた霊魂は長ずるに従って活用して大精神に感応してゆくことを意味して居ると考えられ、「道之大原」の第十章はその様に受け留められているのでありますが、先学の是正を願いましょう。』(『本田親徳研究』)