神道と日本の記事一覧

大和心

第473回 本田霊学の継承-24(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-08-02

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

この静岡県志多郡岡部町の三輪の里に鎮座する神神社は由緒古く、遠く平安時代に大和国大神神社の分霊を奉じて三輪氏の祖先が東下し、この地に奉斎したので、現宮司家(三輪氏)は崇神天皇の御代神教により大神神社に奉仕せしめられた大田田根子の末商と伝えている。三輪武は嘉永二年十二月二十八日の生れであって大正元年十月十六日六十二才で逝去しているが、明治十七~十八年頃は宮司で三十四、五才であったので、浅間神社の講筳に参じて本田親徳に深く傾倒し、招いて教を受けたと思われます。この淹留一年半の間三輪武〔註二〕は殆ど起居を共にして居たのですから、上達も目覚ましく法術の允可を得たと伝えられています。三輪に淹留前後の事に関して佐藤卿彦著〔註三〕「鎮魂法帰神術の神法」の中に次の様に述べて居ります。

〔註二〕 神神社現宮司三輪和夫談。

〔註三〕 昭和三十九年五月十五日印刷仝十八日発行・非売品・著者佐藤卿彦・編輯発行者高窪良誠・発行所 顕神本会

本田翁は神術御修業の為、諸国の各神社霊場等に足を止められたが、中々に気に入られる神懸りの出来る社等は尠なかった由である。静岡県志多郡岡部町の神神社に於て、帰神を執行されし時、初めて真の帰神を得て、「今日は真に気持よき神懸りをなした」と仰せられて喜ばれたと云う。此の故に神の大神を敬いその御神徳を慕いて三輪家に止まり、御修業と教導とに尽力された。この神神社の御祭神は大物主神を奉祀されている。』(『本田親徳研究』)