神道と日本の記事一覧

大和心

第483回 本田霊学の継承-29(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-08-09

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

廣道は又師の静岡出向の(十六年冬~十八年〉留守中を牛込宮比町に止宿して、皇典講究所に聴講生となり、十七年四月に若き講師木野戸勝隆に就いて古典を学んだが、殆ど年齢の差がなかった為、師友として生涯親交を結んでいた。情誼に厚い一面を物語っている。十八年七月一旦帰国して家事を裁したのですが、この間屢々文書を以て神懸について師の示教を仰いで居る。十九年にも師の帰京によって上京して法術の研究をし帰国、更に二十年春上京して師の一家と共に静岡に赴き、浅間神社の麓山社に於ける幽斎に参列して帰郷、 五月四日皇法・鎮魂・神憑の允可を受け、六月帰国に際し自筆の著書を悉く授かったのであります。

祖父廣道が父重任に語った処によれば、その自筆本を授かるに当って、「汝に鎮魂・神憑の法術を授けたが、之のみを以てすれば一介の祈禱師に堕する恐れがある。故にこの書を繰返しよく読みて道を失ふ勿れ」と師より戒められたと云われます。又之より前に師の許しを得てその著書を書写することとなり、帰国の日迫る為に幾夜もいねず筆執りつづけたので、そのひたぶるな精神力を賞せられて、「師の書きたるものを持つことはよき事」と申され、広道の書写したものを手元に留め置かれ、直筆本は悉く之に賜うたとも伝えられて居ります。その書写本はどうなりましたかわかりませんが、筆者の家に持参した直筆本は遠き北海道に大切に秘蔵されたが故に散佚もせず、又好事家の渉猟にも逢わず、残されて霊学継承者の手に入るに至ったのであります。(『本田親徳研究』)