神道と日本の記事一覧

大和心

第493回 本田霊学の継承-32(4/4)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-08-14

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

○宇賀能御魂命 この大神は、五穀魚鳥獣養蚕等を、始め賜ひ、人として衣食し、生活するは、悉くこの神の御徳に因る者なれば、古より稲荷大神と称へ奉りて、家々に祭るも、皆この大神である、又伊勢の外宮に、豊宇気神と申して、祭り奉るも、この神なれば、恒に其洪大の神徳に、報ひ奉る可きであるが、特に農家や、養蚕家の、豊作を祈り奉るは、この大神である、

○猿田彦命 は皇孫邇邇岐尊の、高天原より降り給ふ時に、御出迎して、前駆を仕へ奉た神で、悪を払ひ、善を導き賜ふは、この神の御徳である、亦昔より漁業に、幸へ賜ふより、船玉の神として、祭り奉り、諸国漁業家の、大漁を當神社に祈りて、靈顕の著明なるは、普く人の知る所なるが、皆この神の洪徳に、因る者であります、

○久那斗神 は伊邪那岐命の御子に座て、人の目にこそ見へねども、幽冥には、正しき神と、邪なる神とありて、正神は恒に幸福を與へ給ひ、また邪神妖鬼は、恒に諸種の災害を為し、亦善者を誘ひて、悪念を生ぜしめ、悪行を為さしむる等、悉く邪神妖鬼の所爲なれば、邪神妖鬼を、払ひ退けて、災害を為しめず、人々をして、邪念を生じ、悪行を為しめざるは、この大神の、御徳なれば、常に敬ひ奉りて、幸福を全する事を心掛く可きである、

○速佐須良比売神 人として犯し易きは、罪穢なれば、罪を犯し、穢に觸れぬよう心掛く可きは、勿論なれど、日々に吾が心に、邪念は起らぬか、吾が所爲に悪行はなきかと、常に吾心と、行とを省み、聊たりとも、罪を犯し、穢れに觸れたと思ふ時は、速に悔悟して、其非を改め、罪穢を祓ひ清めて、心は勿論、衣類、食物、住所等を、清潔にすべし、一切の罪悪災害は、悉くこの罪穢より、生ずる者なれば、人として、最も慎むべきは、罪穢であります、故にこの大神は、専ら罪穢れを、祓ひ給ふ、御効徳を有する、神に座しませば、常に敬ひ奉りて、罪穢を根絶し、心をも身をも、清潔にするが、人たるの要道であります、かくてこそ其幸福を全うするのみならず、富貴繁栄、子孫長久の道も、茲にあるのであります、以上は、御神徳の概要を、述たに過ぎませぬが、委しくは、別に記せる書に就て、御研究あらむことを、望みます。』