「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『(イ)〔神憑百首〕と武栄太夫
この書を編んだ武栄太夫は相州(神奈川県)雨降山麓の大山神社の社司であるが昭和九年春出版に当ってこの書の緒言に左の如く述べている。
此神憑り百首は長沢先生に就き霊術修業中昭和元年より昭和四年迄の間の記録にて、同門の諸氏の望まるる方ありしにより騰写に代へて出版せしものなり。一般の高覧に供せんとするものにあらず。
此書を手にせらるるもの、或は囈語を妄録せる反古帳とせらるるあらんも些の遺憾なし。又此中に幽契冥機ありと尊信せらるるも亦不可なし。古歌に日く、
みる人のこころこころにまかせ置きて高嶺にすめる秋の夜の月
出版するにあたり順序を改め及び或る部に註釈をせんかと長沢先生に伺ひしに、さる如き事は一切せずただ「ありのまま」をよしとすとの御意見なりしにより其儘になしたり。此順序不同の中にも亦何かの或る物ありや否や。
この書は右の緒言と序文、本文及追録を合せて僅々十八頁の小冊子に過ぎないのであるが、長沢雄楯の序文は理路整然、堂々として実に信念の溢れたものであるので、左に掲げ度いと思う。
序
我国体の万国に優絶せるは世界無比なる万世一系の皇室の統治し給ふに因ることは世人これを知れども、其統治し賜ふ所以は神典を研究するに非ざればこれを知ること能はず。而して其神典たるや久遠なる地質時代幾億年に渉るものなれば容易く之を講明し得るものにあらず。先哲のこれを釈明せる者多くは唯訓義のみ。訓義を研究する素より必要の事なりと雖も、訓義のみにては 其蘊奥を解釈し得るものにあらず。