「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『右の序文は神典に対する世の学者の研究の不足を指摘し、今日の思想の昏乱はむしろ学者の罪と断じて、神典の解義は実証によるべしと述べ、宇宙の現象は悉く霊力体の三大原に原因する処と師説を提唱して、その理を推究するには先ず神霊厳在の事実を確認し神懸の術を修得して始めて神典の妙旨を知り、宇宙万有の今の現象を為した所以を知るべきであると主張して居ります。先賢学者多くこの神懸の法を以て神霊厳在の事実の確認なかった為に、浅薄な訓義に終って世人をして神典の価値をおとしめ、神霊の尊厳を冒瀆するに至ったと浩歎(こうたん)しているのであります。この点は実に学者の弱点を衝いて完膚なき本田霊学の祖述であり、又長沢自身の体得した主張であった点で、師の衣鉢を嗣ぐ者の正統性を明徴にした一文とも申せましょう。
序に明記している様に、この百首は人の作ったものでなく、神憑りの中に神霊の示された歌である処に非常に重大さがある。緒書にもある通り順序を立てたものではないが、読みゆけば自然に一つの体系がある様に思われる。抄出して見ましょう。(頭註は筆者)
先ず神憑の神術について、学ぶ者の不撓の精神と態度を教え、その目的を明らかに示されて、
① 神術は難しとも難しいやつとめいや励まずていかで成し得む
② かたしとてゆめたゆみなく勉めなばつひに至らむ道の奥がに
③ 霊術を修めむ人は日々つもるこころのちりをまづ払へかし
④ 神術を習ひ得てこそ後の世の魂の行くへも知り得べきなれ
⑤ 神術をあだにな修めそ世をも人もすくひ導くこれのかむわざ
⑥ 霊術を修め得ずては国典のことのまことは知り得ざりけり