以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。
「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。
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『国つ罪の中に、「昆虫(ハウムシ)の災又は虫物せる罪」が見えるが、災い或は罪と成る悪禽獣虫魚等の発生に就いて本田翁は、難古事記に次の様な歌を掲げて、是を解説して居られる。
皇産霊(ミムスビ)の 大神力(オオミチカラ)の 余りかも
人に仇(アダ)する 虫鳥獣
此の歌は皇産霊神の造天化地し賜ふや、其の中に人及び無数無量の万物を創造なされた。此の時に当たって神の子である蒼生(人民)の為に善き万物のみを造り賜うべき理(コトワリ)であるのに、そうでは無く、霊長である吾が人間に害毒を与えるものあり、或は妨害をするものあり、其の甚しいものに至っては妖をなし怪を為す。叉万物大は小を食い、強は弱を呑む。悉くが相互いに仇視する。而して造物主は是を制止し賜ふ事無く、罰し賜ふ事も無く、各々が其の欲する処を黙許し賜ふが如くに見える。何故此の様な怪しい事が起るものなのか。此の悪禽獣虫魚と云うもの、又毒樹毒草の様なもの、天帝の霊魂上に於いて思慮して造らせ賜いしものであるのか、又天地人を造らせ賜いし余力に因って出来たものであるのか。亦更に怪しく思われる。人は神子であって神の寵愛も亦他の万物と比類出来ないものであるのは勿論であるのに、其の腹中に無用有害の条虫数種を生み造り賜い、此れが為に其の人を死に至らしめることもある。叉蚤虱蚊蜂蛭蛇等の悪虫を化生じ賜い、又人体を養う為に五穀其の他の食用と成る可きものは、是も神の深い御心より造り給えるものであることは勿論であるのに、其の第一である稲穂に蝗(イナゴ)を造り賜い、叉米虫を数種も造り賜い、人間に困苦を与え、入力を無駄に費やさせる、其の他穀 ・果・菜等の滋養物を悉く鳥獣虫魚の餌に成され賜う。又書典帳簿の類を久しく筐底に秘蔵致せば、紙魚(シミ)を造生され、悉く敗紙となって、終には必要な故事来歴を忘失する迄に至る事に成るとは、鳴呼何と天帝の神に憐憫の御心が無いのか。そして何で此のような悪虫獣鳥魚を造らせ賜うのか。