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大和心

第554回 本田霊学の継承-58(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-09-26

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

信徒は、御穂神社の崇敬地域である三保半島周辺の静岡県安倍郡、庵原郡、蒲原郡の住民だけでなく、焼津、浜松、横浜、大阪に及んだ。明治 36 年(1903)に静岡市街に分教会を設立し、衆議院松本君平、静岡茶葉の卸業者、花柳界の妓楼経営者、料亭、飲食店経営者に勢力をのばした。』(並木英子氏の論文)

『「宮城島金作経歴」[M403](年代不明)によれば、金作8歳の時に源作の妻の折檻に耐えかねて、入水自殺を試みたが助け出され、霊能力が発揮されるようになったという。9歳の時に長澤雄楯を訪ねてきた、本田親徳と妻子に遭遇し、本田親徳に見出される形で、鎮魂帰神法の稽古を始めたとするとある。』(並木英子氏の論文)

宮城島氏は9歳(明治15年1882年)の時に本田翁の指導の元、鎮魂帰神法の修業を始めたという。しかしその時点では未だ長沢翁は本田翁に出会っていない(両者が対面し師弟関係を結んだのは明治18年)。故にこの記述の信憑性は低いと言えよう。この点について並木氏の「確かでない」という見解には同意する。

鈴木重道氏によれば、入門したのは宮城島氏が明治24~25年頃、15~16才だそうなので、以下の年代も確かかどうかわからない。