神道と日本の記事一覧

大和心

第562回 本田霊学の継承-62

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-02

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

**********************************

『しかしながら本田霊学のうち霊魂の清浄行法である「鎮魂法」についての書写史料は神道三穂教会史料としては、見つかっていない』(並木英子氏の論文)

『真一学人著『幽事神伝帰神法(附神界物語)[M3]は三穂教会史料中唯一、鎮魂法の記述が存在する。本書は宮城島金作もしくは教会幹部によって執筆されたものと推測でき、金作を天保国学の議論の対象であった神霊の実在論を明治維新後に証明可能な霊的人物として、取り上げている。』(並木英子氏の論文)

『そはたゞ神主となるべき。人を正座に居らしめ、審神者は其神主より距ること凡そ三尺程のところにて神主と相対し、神主は瞑目にて端座し、審神者は(ママ)端座して最も厳格なる態度によりて、最も慎厳に神主を見つゝ、石笛の如きものを平調に吹きつゝくるなり。是を鎮魂の形式とす』(並木英子氏の論文)

『津城寛文『鎮魂行法論』春秋社、1990 年、においても議論されているように長澤雄楯より、本田霊学を受容した出口王仁三郎は、「神人合一」の憑依実践を「鎮魂帰神法」と呼称していた。長澤雄楯の「神主」の育成修練においては、「鎮魂法」は独立した行法として、重要視されていなかった可能性もある。』(並木英子氏の論文)

本田霊学において鎮魂法は誰にも見られずに一人で行うことになっている。故に、鎮魂法の実修に際して、審神者が関わることはない。根本的なところでこのような間違いがあるのは、実に嘆かわしい限りだ。