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大和心

第567回 大祓祝詞を考える―42

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-06

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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『〔解 説〕

○此く出でば、とは「天つ罪、国つ罪、許々太久の罪穢れが出たならば」と申すことであるが、天つ罪から許々太久の罪穢れ迄、全般に亘って居るものを漫然とした態度で奏上致しても、完全な祓い清めの達成は難しいと思う。其処に奏上する人の真心が無ければ神明に通じないものと心得る事が最も肝要である。

○天津宮事以ちて、

天津宮とは、天上界に在る宮殿と解釈されて居るが、大虚空に宮殿の無い事は明らかである。斯く申せば天上界の宮殿とは設神理であって、神留り坐す処と申せよう、所謂高天原の御事であって、広大な漠とした云い様では人々には解らないであろうかと、天御中主神の神意に添った御役目 (御活躍の目的に因り定められた役)を持った神々の御座す処を宮殿と示されたものである。地上に於いては、神霊の留り坐す霊山 或は神社の事と申せよう。

事以ちて、とは宮殿に於いて行なわれて居る神事 (神を祭ること。神業)を行なうの意である。幽斎問答に於ける、お答えも「御奉仕に於ける数々の祭典、又は神社に於ける祭典、大中小の祝事、又は眷属方の大神に対する御祭典、等の事を申す。総て神より出でしものと天津の文字を冠す」と以上の如く明解に教示されて居られるのである。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)