「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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審神者は幽斎に際して、先ず自身、幽斎の場、神主を祓う。そして自身の霊魂を神界に至らしめ、神主に対する幽斎の許可を得る。しかる後に神界から霊を引く。そして肉体のある部分まで神霊の降臨を戴いたら、次に神主に転霊を行う。この各過程で審神者には相当な鎮魂力が必要になる。単に帰神が上手く出来るようになったからと言って、審神者になれるわけではないのは、この鎮魂力の鍛錬に地道な努力と然るべき時間が必要だからだ。
蛇足だが、自感法は鎮魂力なくしては不可能だし、妖魅霊を霊縛するにも鎮魂力がなければできない。そして鎮魂石や御霊璽を作るときも、鎮魂力は不可欠なのだ。
宮城島氏が帰神の素質に恵まれた優れた神主であったことは疑いない。しかしだからと言って鎮魂力が優れていたか?審神者としての素質があったか?と言えば、それは別だということだ。
それともう一点。本田翁が鈴木廣道氏に授けた允可状(明治20年5月4日)をみると、そこには皇法、神憑、鎮魂とある。これは単なる科目一覧ではなく、修行(学び)の順序を示すものでもある。つまり皇法が基礎になければならない。それを前提とした上で神憑を行うが、神主の霊魂が浄化されるまでは祓いだけで転霊は行わない。その後、然るべき時期に鎮魂石を授けて頂く。
宮城島氏の場合、彼の経歴を見る限り、皇法を基礎にしているとは思えない。皇法とは単に古典を読んだり、敬神や尊皇を意味するものではない。