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大和心

第604回 本田霊学の継承-83(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-10-31

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

二度目に喜三郎が講社を訪れたとき、この豊子は本田師より預りの宝物を彼に与えている。鎮魂の玉と天然の石笛の神器である。:

とこの様に記している。然し筆者は之をこの儘信ずる事は出来ない。恐らく長沢門に於ける短い期間中に「道の大原」や「真道問対」を教科書として講義を受けたかとも思われるが、母豊子から「本田先生の遺言に云々」の言葉と共に「神伝秘書」以下を授けられ又二度目の訪問に当って鎮魂の玉と石笛の神器を豊子が与えたと云うのは、母と雖も本田直門の当主を差置いての行為として首肯し難く、又本田霊学の伝統から考えても、允可もない新来の者に対 してかかる事はあり得ないし、如何にも軽々しい仕わざであって疑問を持たれ、自己に都合よき伝説を創作した匂いさえ感ぜられる。叙述の筆は続いて、

喜三郎は長沢翁のところで色々と得ること大であったが、この様な神伝秘物をさずかった事の外に、審神をうけたことも最も大きなよろこびであった。審神は翁がじきじきにこれを行ない、喜三郎は高等の神がかりと鑑定される。喜三郎にかかる神の名は、小松林命という。それは素戔嗚尊の分霊といわれている。その神様が喜三郎に霊的感応を与えて居られる。というのが審神の結果であった.喜三郎は師のもとを辞し、はり切って故郷に帰った。::

と記している。この文では喜三郎に懸る神は常に正神界の小松林命であるとしているが、そこに過ちがあるのであって、長沢審神者のもとで行なわれた帰神に当っては、本人の霊も清められ、邪霊は凡て祓われるのであるから正神が懸られたのであって、それが常にという訳には行かないのである。人心は変転するものであるから、それに応じて邪霊の懸る場合も多いので、その点は初学と雖も知悉の事であろうと思う。』(『本田親徳研究』)