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大和心

第610回 本田霊学の継承-86(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-11-05

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

宜しく最も厳粛に法式を確守して神懸を行ひ、憑依の神霊と託言とは精密なる調査を行ひ、先づ信頼するに足る真神なるや否やを定め、托言の真偽と可否とを審査し、以て信用するに足るや否やを決定せざる可からず。之を当然の順序とす。当時身親しくその席に臨み、之を履行し充分なる審査をなしたる者にあらざれば憑霊的動作なりと確言するを得ず。然れども事の茲に至りたる者は、謹厳に確守す可き神懸の法則を破りたるにより、邪霊其の虚に乗じて憑依して精神を錯乱せしめて茲に至らしめたる者と推定す。

と以上の様に記している。神術の権威を主張しつつ出口の雑誌に執筆した不敬罪に当る項を邪霊の憑依した為と弁じているのであります。平静にこの事件を観察すれば、出口が霊性に勝れた事は認めるけれども、やはり行者として霊媒として出発し又終始したので、長沢師に就いていた時は正しかったが、出口なおと縁組するに及んで又元の霊媒に堕して、本田霊学の上に一大汚点を残したので、長択の霊学に於ては大変マイナスになったと歎く者もあります。

然し筆者はこの「惟神」の中に述べられた本田霊学の殊に霊術上の祖述を重視するのであって、この中に於ては実行された霊術が詳しく説明されている故にここに引用したことを記しておきましょう。霊学継承の上から見れば上田喜三郎は要するに些かの縁を持った傍系の一人にすぎないのであります。世に名を為したか否かは人間社会のことであって、神界から見ればさしたる事でもないのでありましょう。神界の正しき使命は本田長沢の系列の基礎の上に、他に静かに承け嗣がれていたと思うのであります。それは稲葉大美津→佐藤卿彦の系列に係わるのであります。稲葉大美津については先に一寸触れましたが、長沢雄楯著の「大本教事件に対する意見」に就いて述べねばなりません。之も また霊学継承の上でどうしても取上げて言及せねばならぬ書であります。』 (『本田親徳研究』)