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大和心

第646回 大祓祝詞を考える―58(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-01

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田翁は、真道間対にも

◎神は呼吸する乎。

△神は固(モト)より呼吸す。故に万物呼吸せざる無し。

と、風は造化の神々の息吹きであると説かれたものである。

科戸の名称は志那都比古・志那都比売二神の名から出たものと古い辞典にもあり、然も大祓詞に用いられてある、と明記されて居るもので「祓い清め」に、此の二神の神威に因る御活躍が続けられて来たものである。

天の八重雲は、前項と同義につき省く。

吹放つ事の如く、比の吹放つは、風力に因って吹き払う事である。事の如くとは、何々の事のようにと、抽象的な表現に用いられて居るものである。

此の条は、天の八重雲と天上界を表現して居るので、天上界では、風の神の威力で大虚空を覆う八重雲を吹き払う様に祓い清める。との意である。神界に罪穢れは無いものであり之を祓うと云う事も無い訳である。此処で祓い清めが必要であろう所は、地球上を覆う空間に妖魅の雰囲気が有れば、是を吹き払わなければ生成化育に支障を来すものである、と此の様な意味を含んだ表現である。』(「顕神本田霊学幽斎記録篇」)

(注)「祝詞新講」では、「『しなと』に就いて従来二様の解澤がある。第一は「しな」を息長の義と見てい風神の級長津彦命級長戸邊命と関係があるとする説であり、第二は「しな」を階(級・品)の義とするのであつて、「しなと」は階処の義で、大空の風の往来する、幾重もの居を指すものであると解くのである」