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大和心

第651回 本田霊学の継承-108(2/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-06

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田翁が岡部の神神社に御逗留中の時の事である。当時の神職は三輪武氏であった。(現宮司三輪和夫氏の祖父)氏も翁の門下であり帰神術の指導を受けられていた。偶々その研修日に、当時著名な人物の某氏が見学に列席した。その時翁の令嬢薫子〔註一〕さんが神主となり帰神を行った処が、古典の書籍に現われて居る偉大なる大神が御懸りになられて、その御名を告げられた。並居る人達も同様であったが、特に列席の某氏は、特別な場合は兎も角として、普段の稽古に大神が御懸りになる訳は無いとして如何ようにも信じなかった。其処で実際に真神であるなれば何らかの実証を御示し願いたいと申し出たのである。すると憑神は―勿論神主の手を使われ―傍に置いてある火鉢の内より火箸をとると、それを火鉢の縁に当てられた。すると突然物凄い閃光と共に炎々たる火炎が立昇り、四辺を赫々と照り輝かしめる霊威を御示しになった。是の有様を見て参列の一同は余りの恐ろしきに身を震わせて平伏し、その疑心の不心得を詑びたという。なお其の火鉢の縁は桐製であったが、後より見るに全々焼け焦げた跡はなかったので、一同は一層その神威の偉大さに驚愕したと云う事である。(稲葉翁談〉(余録十五〉

〔註一〕神神社に於て帰神の稽古に薫子が神主となったという本章の伝えは、明治十六年本田親徳が静岡に赴いたとき或はその後十七年妻子を倶った傍証となるものである。薫子は明治十二年三月十五日の出生であるから、十七年は数え年六才であり、この伝えが十八年春のことと仮定しても七才(満六才)のことである。この頃から神主をつとめたのであろう。』(『本田親徳研究』)