「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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『詠 道 親徳
道の本は天に在しけり 道の末も天に在しけり。其の元の在す真中い 小ささの涯知られじ。 其末の在るらむ外い大きさの極もあらじ。 此の如思へば狭し 前の如聞けばた広し。 奇霊なる虚空の真区に 常照の天日の国 飛翔る此の大地 月国や星の界々。 其の星の数さへ多に 造り成し体立て給ひし 道の神功妙に坐しけり 道の霊奇し有けり。』 奇しくも妙なる中に 生ひ立ちし民の大君。高光る日知りの皇子の 八重雲を千別に千別き 高千穂の久士布流峯に 伊豆しくも伴男率ゐ 道々の道の有のまにまに 天降り区の区々 人民を従服ひ給ひ 日の経や日の緯の国 平けく知食しけり 安穏しく在らせ坐けり。』 皇世皇代の真道々の真法 此や此の人の霊魂旦夕に倚相立ち 行く道々の正しき真道々 行く人の宜敷き直道 道なくして立つ国ぞなき。道を蔑し生ける人無し。然有れば神の真世より 鉱の人の世までに 語り次ぎ言ひ次がひ次ぎ 次々に現人の神 官長其の家の君子孫等と真信け採り持ち 仕へ来る玉鉾の道々。』 此の道々の道々の奥道々 迅速く悟るは難し 輙く言ひも尽さじ 阿那やあな貴とかりけり。言はまくも愛たかりけり 幾萬年立ち日立ち 立ちぬとも面変りなし此の此の道々
この長歌は大凡そ四段に分けて考える事が出来る。第一段は宇宙観神霊観をのべているので、大宇宙を神霊と見、その中局に坐して大宇宙そのものである主宰神を天之御中主神と観じ、至大無外、至小無内、即ち中局の一点の極微その外辺の無限を浩歎し、この宇宙の中に太陽、地球、月、衆星を創造し化造した道の霊妙さを歎じている。この場合道は神の活らきの姿と思って読むべきでありましよう。無限の無形より有限の現形を生み出すことも神の活らきであり、従って有形無形を通じて神の道に外れては存在し得ないことを述べている。