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大和心

第668回 本田霊学の継承-115

著者:小山一夫 / 公開日:2024-12-17

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

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近代の古神道系宗教を語るときに、出口氏と友清氏は絶対に外せない方々であることに異論はない。

友清氏と大本との出会いは1918年春のこと。その年11月に、第一次世界大戦が終わるので、まだ世界は動乱の中にあった。さらに1918年から1920年にかけてスペイン風邪が世界中に感染を広げ、5億人(世界人口の約27%)が感染し、死亡者も1億人に上ると言われるほどの最悪のパンデミックとなった。そのような終末論的な世界を目の当りにした友清氏が、人智を超えた霊的なものに心の拠り所を求めていたとしても不思議ではない。

友清氏は、当時大本で論客として知られた浅野和三郎氏を訪ねて大本に入信する。その後大本の機関誌の主筆となり、編集にも加わった。短期間で開花した文才は、独立後にもいかんなく発揮される。

浅野氏は1921年の第一次大本事件後に退会するが、友清氏は入信の翌年(1919年)に教団を離れている。その一年間、霊術面の研究もしたようだが、詳細は分からない。ただ大本に失望して退会したのは間違いないようだ。その後彼は、静岡に赴き、長沢翁の元で霊学を学ぶ。翌1920年彼は霊学の実践団体・格神会を結成。「鎮魂帰神の極意」、「神仙霊典」を著す。そして翌年山口県に移住し、格神会を天行居に改称。「霊学筌蹄」を著す。現在の神道天行居は1927年の創設。

つまり、長沢翁の元で学んだのは、わずか1年程ということになる。彼の著書を読むと本田翁に関する記述は多いものの、対して長沢翁については殆ど語られていない。これも宮城島氏同様、現役の師匠については触れずに、自らの団体を拡大しようとする思惑が窺える。

情報収集力については確かに驚くべきものがあるが、行法については各先生方からの寄せ集めのような印象がある。