「本田親徳研究」(鈴木重道氏)を参考に本田霊学の継承について御紹介したいと思う。解説については自説であり、本田霊学としての公式見解ではない。

**********************************
『霊学の産物の一つとして茲に「夢感」一篇を掲げる。本田先師が晩年に最も秘密に所蔵せられた一篇の秘文のあつたことは多くの門人の云ふところであるが、その所在と内容とを知るものが絶えて無い。余は朝願暮念、これを得んことを祈つたが、不図せることから此れを某所に密蔵せる事を知つた、「夢感」一篇即ちこれである。けれども到底借覧の望みがない。そこで意を決して神界に事情を訴へ、遂に某青年を霊媒として約一百里を距てゝこれを霊写することを得た。時は大正九年九月十八日の午前である。(他人の密蔵してゐるものを霊写するといふ様な事は甚だ不徳のやうであるが、道の為めに已むを得ぬ場合なので、特に神界の允許を得たのである。)但し霊媒に透視せしめつヽ咄嗟の間に余自ら筆を執つて写したので、一字二字の誤写がないとは云へぬ。』、(「霊学笙蹄」)
と友清氏は述べているが、まず真贋を考えてしまう。もちろん絶対にないとは言い切れないが、そもそも「本田翁が晩年に最も秘密に所蔵せられた一篇の秘文」など本田霊学関係者の誰からも聞いたことがない。内容も本田翁らしからぬ気がする。
「新・日本神人伝」によれば、
『ここで「某青年」といっているのは先の本田亀次霊媒、秘文『夢感』を「密蔵」している「某所」というのは綾部の大本である。
当時の友清と大本の関係からいつて、友清に「到底借覧の望みがない」のは当然だった。しかし、本田霊学の資料収集に情熱を燃やす友清は、どうしても先師・本田親徳の秘文を入手したい。そこで、霊視による書写という常識外の手段に訴え、驚くべきことに、みごとにその目的を達したのである。』
ということだが、これも筆者は確認できなかった。