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大和心

第722回 本田霊学の継承 戦後編-3(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2025-01-28

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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次に、「顕神本田霊学法典」に収録されている「著者略歴と顕神本会設立の目的」をご紹介したい。大本事件等の時代背景を考慮して読まれた方がいいと思うが、とりあえず引用する。

『一、略歴

昭和五年頃、京都伏見、稲荷大社の講社を組織する津村銑一先生に指導を受け、始めて神道の知織を得る。同先生より稲葉翁の紹介をうけた。

昭和六年五月、稲葉大美津翁に入門す。指導法は、本田親徳翁著の道之大原 ・真道間対を根幹とし、神道各般に渉っての講義と、古法式鎮魂法・帰神術の実地指導の教授を受けた。

昭和十三年、稲葉翁逝去に伴ない、その先生に当る長沢雄楯翁に入門し、引続き御指導を賜 った。翁は平田学派と云ってもよい。平田学説の書籍と本田霊学の学理の講義と、幽斎の教授をうけ稗益すること多大であった。

二、顕神本会設立の目的

著者は大正二年十一月三十日静岡市に生れ若冠二十三歳にして顕神本会を設立致し、本会趣意書の実現のため微力を尽して参ったのである。

昭和十一年三月十三日に講社名称(顕神本会)公唱認可願を月見里稲荷講社総本部に提出いたし三月二十六日に許可を得て、更に趣意書並びに会則を作成の上、同年四月一日付で講社結成願を提出し、同年五月六日付で認可され本田霊学幽斎の顕現に努力致し数多くの同憂の士に接することを得たのである。是の後昭和三十三年十二月十五日に本会の会則改定を「時代の推移に即応する」如くに致そうと改定認可願を提出の上、即日認可を得て現在に至って居るもので、本会趣意書、会則を次に述べることに致す。