戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『幽斎は勿論いかなる噴野に於ても執行出来ますけれども、何故に神社に於て行う様に神詔を賜わるのであるか、神社鎮祭の意義の問題になります。神社奉斎の真義は勿論御承知の様に、斎鏡の神勅、神籠磐境の神勅を経とし、大己貴神の幽事を治めむとの神詔を緯として、皇孫命の為に神仕えするにありますが、神社は神々の御意志によって皇孫命のため、 又人の為にお鎮りになる場合もありましようし、人々の霊魂の切願をお聴入れになってお鎮りになる場合もありましようけれど、神界が人界に働かれる根拠地でありましよう。神の霊力は時間空間を超越して働かれるけれども、人間のためにお働きになる霊力の根拠地 発電所とも申すべき処が神社であると申せましよう。大変俗な言葉で恐縮いたします。その為には清浄な神域、ふさわしき社をお建てしてお鎮りを願うのでありまして、神々をお祀りしお仕えする神社が全国津々浦々にありますことは、それだけ神々の恩頼をいただける国の姿であると存じます。』(「一本の道」)
その通りだと思う。他国にも産土神は居られるが、殆どがきちんと祀られていない。それでは生成化育の働きは充分に行われないだろう。神は日本だけを特別にお考えになられているわけではない。神の働きは地球全体に及ぶ。だがそれを人間が、その犯せし罪穢れによって邪魔をしている。故にその罪穢れを祓うことが、最も重要になるわけだが、それが日本以外ではできていない。神の生成化育の働きを妨げないこと。その為にも神社を起点として広く祓いを行う必要がある。これが現界における神道の存在意義だと言っても過言ではなかろう。