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大和心

第755回 大祓祝詞を考える―81

著者:小山一夫 / 公開日:2025-02-22

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

以前に書いた手記をここにアップしたいと思います。

「大祓祝詞」を佐藤卿彦先生の著書「顕神本田霊学幽斎記録篇」を手掛かりに考察します。

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(注)「読み方」では、「戦前戦後の神社神道界を代表する人物であった今泉定助の『大祓講義』」について解説している。「宣長が『古事記伝』で祓えというものは心には関係のないことで、肉体だけの問題だといっていることに対して、翁は、次のように批判しています。

あれだけの学者でありますのに、どうして罪穢れと云ふものは肉体だけのものであると見られたのか、伊邪那岐命がご自分でそれと感じられたのは精神であります。其の汚穢を感じ給ひし精神が穢れないで、肉体だけ穢れると云ふのは可笑しいではありませんか。心肉不二であるのに、精神と肉体とは別々のものであると考へられた所に間違ひがあるのであります。」という。

さらに「翁は、祓えと楔ぎの精神を知ることが古神道の入り口だが、現在の神社界も神道界も、それについて徹底していない、と指摘します。」として「一体一つの行事には必ず表と裏とがあるものでありますが、大祓に於ける表は肉体を祓つて心に及ぶ事であり、裏は心を先づ祓つて肉体に及ぼすことであります。此の表裏は必ず相伴ふものでありまして、此の両者を必ず一緒に見なければなりません。」

「大正時代に楔ぎの行法で知られる川面凡児と知り合い、会長を務める神宮奉斎会に、彼の楔ぎの行法を採り入れました。翁が楔ぎを重視したことは、多分に川面凡児の影響があったからだと思われます。そして、自らも禊ぎの行法を熱心に励むことによって、楔ぎと祓えこそが古神道の原点である、とする新たな神学を生み出したのです。なお、現在、神社界で行われる楔ぎの行法は、今泉翁の神学と川面凡児の行法を採り入れた形で継承しているものといわれています。」

伊勢神宮はじめ神社の研修に禊が取り入れられていることが多いのはこのような背景に寄るのだろう。本田霊学では三元として「霊・力・体」を説く。心はもちろん浄心・正心を心掛けるべきだが、一番大事なのは「霊」つまり一霊四魂を清らかにすることだ。