*覚悟…気づき、さとること。
*不易…いつ迄も変わらない事。
*真鑑…真理の証。*実理…実際に即した理論。
神とは宇宙そのものであり、宇宙の法則や大自然の働きであるわけだから、その実像を正しく、深く知るためには、最新の科学を学ぶ必要がある。この点が、本居宣長や平田篤胤らと異なるところだ。古典の中に神を閉じ込めてしまい、非科学的な神話の物語を信仰によって受け入れようとするのでは、とてもまともな受け止めは期待できないだろう。
キリスト教では長い年月をかけて神、天使、精霊、イエス・キリストなどの関係性を論議してきた。それは信仰を深める上で必要な作業だったのだろう。
しかし神道は、神仏習合により仏教と、そして陰陽道、修験道、道教、儒教などの影響を受けて、時の政権に都合のいいように変化していった。そしていつの間にか、古代の純粋な神道とは似ても似つかないものに変わってしまった。
神社神道は21世紀の今に至っても、幼い子供ですら信じないようなお伽話的信仰の路線上にいる。ガリレオを否定してきたように科学の進歩を好ましく思わないキリスト教にも似通った印象を受けるが、それらは本田霊学とは正反対の在り方だと思う。