戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

**********************************
『「国学」は決して古臭い学問ではありません。事実、江戸時代の儒教一辺倒の時代に、日本国の独自の文化を見つめ直すべきだとした「新しい総合的な学問」でありました。それも幕府など権力者側の人が言ったものでもなく、一介の町人や庶民が唱えたものでした。「国学」は町民や庶民階級の人々の身近な学問だったのです。』(「やさしく読む国学」中澤伸弘著)
国学の基礎には、尊皇思想がある。そこには西洋のキリスト教に対抗するという意味合いもあったのだろう。欧米がアジアを植民地化していった経緯を考えれば、①キリスト教の布教、②通商、③軍事侵攻、④植民地化ということで、最初が布教であった。
信長や秀吉の時代から、徳川の世を経て、明治初期に至るまで、日本はキリスト教の布教を怖れていた。死を恐れずに権力に立ち向かってゆく天草の乱は、ある部分信長達を苦しめた一向一揆を思い出させたはずだ。その為、尊皇と攘夷は矛盾することなく同時に受け入れられたのだろう。