戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

**********************************
『私が入門帳にお許しを得て、記帳したのが昭和四一年五月十五日の月見里神社の大祭の日である。佐野清房、横山節男両氏と二人で参加、先生がわざわざ入門帳を御持参下され以上の順に認めた次第である。以前に記帳された方は、十数名に過ぎぬと記憶している。
又神社側の好意により、長沢雄楯翁の石笛を拝見した。割合大型で穴も広く重いものであった。先生のお話しによれば、おそらく他感法の際、憑られた高等御眷属の御啓示で、何月何日に石笛を授けるとの事であった。
長沢翁は、夜半迄お待ちになられたが、その気配もない儘、つい睡くなり寝に就かれた。
翌朝起床した処、何時も御使用の小机の上に置かれてあった相である。この石笛の音は、ぼうぼうと重厚な音であったと先生のお話しであった。先生も随分多数の石笛(大小さまざま)をお持ちになっておられた。この裡何処でどの様にして入手したか解らぬものが数石あった由である。
※
この四一年は、入門者も増え、先生は従来横浜のみの御出張であったが、東京の神田明神、埼玉県大宮市の武蔵国一の宮氷川神社の三ヶ所に毎月御出張になり門下の指導に当った。勿論審神者は御一方であった。