戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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さて話を戻すが、
「滄海窓間答・現代語訳」(横山信行著)では、悉く中国思想の影響が強いとして副島種臣翁を批判している。しかし横山氏もスエーデンボルグの影響が強く、晩年、本田霊学を根底から否定しているではないか。
ただ、「本田霊学解説書」(2016)は彼の思想の集大成に見えるが、その後の5年間の筆者とのやり取りを振り返ると、当該書籍の内容が必ずしも彼の結論ではないようだ。
令和3年2月に横山氏から「神懸の新たな指針」なるものが送られた。その文面を見た時に筆者は愕然としたが、横山氏が自ら審神者を伝授した弟子達がどう感じたかはわからない。だが佐藤先生の時代からいた人達には、とても受け入れられない内容だと想う。本田霊学を全面的に否定しているのだから。
筆者はあまりの内容に言葉を失ったが、一か月くらいしてから横山氏に連絡をした。氏曰く「今度会った時に説明するから」と言われたが、コロナ禍でなかなか機会がなく、詳しい話を聞くことができなかったのが悔やまれる。ただ亡くなられる前日か前々日かわからないが、最後に書かれた手紙は本人の病状についてだけでなく、筆者の健康をも案じた文面だった。自らの死に際しても、他者に対して思いやり深い方だった。
横山氏は長年に亘り試行錯誤されていたので、もし亡くなられなければ、その後彼の説も変わったかも知れない。客観的に見て、この35年間彼は常に探求心を失わず研究し続けている。それは彼の真面目さであり、そこには真摯な姿勢が窺える。あと数年あれば、また違った考え方になっていたかもしれないと思うと、早い帰幽が残念でならない。40年以上懇意にしていただけに、筆者は悲しくもあり、残念でもある。今となっては、彼の望む死後の世界へ旅立たれることを祈るばかりだ。