本田親徳翁の「産土神徳講義」について考察したいと思います。
(現代語訳と本文中の注は西原壮聡氏、「考察」部分は筆者)

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産土神徳講義(下)
(注)本田親徳(ほんだちかあつ)による産土神(うぶすながみ)の働きについての解説講義録。講義の年代、場所は不明。北海道明治神社宮司・鈴木重道氏によれば、産土百首が完成した明治18(1885)年頃、静岡県三島大社において地元の氏子に対しておこなわれた講義録ではないか、とのことである。
<本文>
神木の花
産土の御霊尊し・事問わぬ樹すら花咲き実るのを見れば
(産土神は尊いものだ。口をきかない樹木ですら花が咲き実がなるのを見ると。)
さきほどから、産土神が神徳[=神の功徳][を人々にもたらしてくれる]理由と原因、また人々がその御恩徳に報い申し上げなければならない理由、そして、その村々に建て置いた寺院、仏教が[信じ]頼むに足らない外国の教えである理由も、あらましではあるが、前回の[講義の]席において説明致したことであるけれども、これは私が[神道の]神官として、[仏教が]商売敵[であるから、]というような理由[から]ではない。
実に皇国[=日本]の[歩まれるべき]道というものは、かたじけなくも、今、現実にこの世界をお照らしになられている皇大御神[=天照大御神]の御孫、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)様[※日向三代の初代。
神武天皇の曾祖父。
]が、この大世界の帝王たるべき詔(みことのり)[=天子(皇帝・天皇)の命令、またはその命令を直接に伝える国家の公文書。