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大和心

第871回 本田親徳翁 産土神徳講義-15(1/2)

著者:小山一夫 / 公開日:2025-05-24

掲載準備版・未公開。公開日は元ブログの投稿日です。

本田親徳翁の「産土神徳講義」について考察したいと思います。

(現代語訳と本文中の注は西原壮聡氏、「考察」部分は筆者)

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産土神徳講義(下)

(注)本田親徳(ほんだちかあつ)による産土神(うぶすながみ)の働きについての解説講義録。講義の年代、場所は不明。北海道明治神社宮司・鈴木重道氏によれば、産土百首が完成した明治18(1885)年頃、静岡県三島大社において地元の氏子に対しておこなわれた講義録ではないか、とのことである。

<本文>

しかしながら、今上天皇[※ここでは明治天皇]や、政府もこのようなところに細かく気が行き届きなされて、このような何宗、何宗という看板を戸籍帳から引き抜き捨てて、取り捨てなさって、[今や]坊主どもは丸い頭で素っ裸の石塔の番[※ここでは、墓守の意味]になり果てている。[※神仏分離のこと。神仏判然ともいい、主として明治維新直後に行われた新政府による神仏習合(しゅうごう)の禁止と両者の分離を図る宗教政策をいう。]どうして、これを欽明天皇(きんいてんのう)[第29代天皇。509年?〈継体3年〉 - 571年5月24日?〈欽明32年4月15日〉。継体天皇(けいたいてんのう)と武烈天皇(ぶれつてんのう)の同母姉・手白香皇女(たしらかのひめみこ)の子。552年(538年の説も)冬十月、百済(くだら)の聖明王(せいめいおう)が使者を遣わし、仏像や経典と共に、仏教信仰の功徳を賞賛した上表文を献上する。これが仏教の伝来とされる]以来、天神地祇(てんじんちぎ)[=天地の神々、すべての神々]をないがしろにし申し上げた罰と言うべきでないだろうか。[いや、ないがしろにし申し上げた罰と言うべきだ。]なんと心地の良いことであろうか。