戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『㋸ 確か先生から石笛を頂戴した折の事と思うが、長沢翁自筆の石笛の吹き方を、図面したものを見せて頂いた事がある。総ての祭典には、祓戸の大神の御降神から始まるが、祓詞を奏上後の三声と仝様に、最初の一声は短かく、二声はやヽ長く、最後は尤も長く発声するのと、仝様であるとのお教えであった。之が何故に、三声三音であるかは、大変むずかしい事ではあるが、何れも神界にとゞく方則のものである事は、確かな様である。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
岩笛は審神者にとって重要な意味がある。渡辺勝義氏は佐藤先生から審神者の伝授を受けていないのでわかないのも仕方ないが、単に吹けばいいというものではない。審神者・琴師・神主の三員制が、本田翁によって二員制になったことがそのヒントになるだろう。琴師の琴が岩笛に置き換わったのをどう理解するか、ということだ。
また「長沢翁自筆の石笛の吹き方」についてだが、これは警蹕の際の秘事に通ずるものだと思われる。(確証はないが)