戦後の本田霊学の継承に関する考察は、まず佐藤卿彦先生の紹介、そして佐藤先生の弟子達について、特に大久保藤男翁、横山信行氏、渡辺勝義氏を中心に、皇法の伝承、鎮魂法、帰神術をテーマに考察する。その後、佐藤先生と鈴木重道氏の著書等を参考として、佐藤先生による公式・正式幽斎の偉業を振り返りたい。

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『㋔ 月見里神社の祭典終了後の直会で、先生に、長沢翁の門下は、無慮万を教え、すぐれた審神者の方も多く居たと思われるが、何が故に、先生が後継者として選ばれたかと、無遠慮に質問した所、「おこがましいが私の心が奇麗だった為でしょう。」と言う御返事であった。
之は、伊河麻神社の稽古後の直会であったが、珍らしく先生から、残った方々は、やはり皆心の奇麗な方々ですねと、言われておった。私が二十年間、先生について、お教えを受けていた間、多数の色々な方が見えたが、その殆んどが去り、先生のお言葉は至言であろう。如何に、本田翁の「浄心と専修」のお言葉が、重要性の大いなる事を、年毎に痛感する次第である。』(「佐藤卿彦先生遺稿遺影集」)
浄心とは大御心のような境地なのかもしれない。つまり私心なく純粋に天下国家の平和と安寧、人々の幸福を神に祈る心だ。それが惟神の道なのだろう。大久保ノート(42年4月2日)にも、「惟神の道とは、あく迄も一つの形にはまらず、神のまにまに進むべきことなり」とある。
「道の大原」に、「霊学は心を浄くするを以て本と為す、故に皇神(すめかみ)、鎮魂を以て之を主と為す。百姓(せい)尊奉(そんぽう)して日々に真心を練るべし。」とある。浄心なくして霊学もなし、ということか。