次に、壱岐の島ができた。
国魂の名は天一柱(あめのひとつばしら)[※古事記では天比登都柱]。
次に、対馬の天之狭手依比売(あめのさでよりひめ)[※古事記では天之狹手依比賣]。
次に隠岐の三つ子島、国魂は、天之忍許呂別(あめのおしころわけ)。
次に、佐渡島、この島の国魂の名は国史[=古事記、日本書紀]に見当たらない。
故にここだけはこれを省く。
次に生まれたのは、吉備ノ児島(きびのこじま)[※古事記では吉備兒嶋][=児島半島。
岡山県南部,瀬戸内海に面し,児島湾を抱いて東西にのびる半島。
16~17世紀まで島であったが,高梁(たかはし)川,旭川などの堆積作用と,浅くなった海の干拓により本土と結びついた]、国魂は建日別(たけひわけ)、次に小豆島、[この]国魂[は]大野手比売(おおのでひめ)[※古事記では大野手比賣]、次に大島[=山口県大島郡周防大島町の屋代島]、[この]国魂[は]大多麻上流別(おおたまるわけ)、次に日女嶋(ひめじま)[※古事記では女嶋。
大分県国東半島の東北沖にある姫島に比定する説がある。
周防灘にある孤島のため天一根と命名されたという。
][この]国魂[は]天一ツ根(あめひとつね)[※古事記では天一根]、次に知訶島(ちかのしま)[=五島列島]、[この]国魂[は]天ノ忍男(あめのおしを)[※古事記では天之忍男]、次に双子の島[※両児島(ふたごのしま)の所在は定かでないが、長崎県五島列島の南にある女島、男島に比定する説がある。
海上遠く天に家が二つ並んでいるように見えることから天両屋(あめのふたや)と名付けられたという。
]、[この]国魂[は]天両た屋(あめのふたや)[※古事記では天兩屋]と言う。
[これらを]合わせると15島[になる]。