本田親徳翁の「鎮魂法と帰神術」について考察したいと思います。

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佐藤先生の新刊が出版された時に、先生に一筆書いて頂いた。
神懸百首の一首だったが
『難しとて 努弛みなく 勉めなば 遂に至らむ 道の奥がに』
先生の解説によれば、
「努=決して・必ず。道=神の道。奥処=奥深い所。
解、神術は難かしい事だが決して弛めることなく勉めるならば、遂には神の道の奥深い所に至るであろう。」という。
筆者は、佐藤先生の門に入り、本田霊学を学ぶようになってから凡そ50年。先生方の御指導のお蔭で、基本的な部分については、ある程度修得することが出来たが、先生方の帰幽後は、進歩の速度が突如として遅くなり、以後、残念ながら一進一退を繰り返している。
若い頃は、一心に努力すれば、先生方に少しずつでも近づけるような気がしていた。しかし時が経つにつれて、その期待は崩れていった。「3歩進んで2歩退がる」ではなく、全く逆に「3歩進んだら5歩遠ざかったような思い」になった。
実感は少ないものの、薄皮をめくるように、自分としては僅かながらも前進していると思うのだが、先生方の境地が、日増しに遠ざかってゆくような感覚になる。
理解が深まれば深まるほど、神界に接すれば接するほど、如何に先生方が凄かったか、その差を痛感する。そしてその差は、年を重ねるに従って、大きくなってゆき、文字通り、落胆と失望の日々を過ごすようになった。
質問できる方が一人もいないというのは、本当に辛いものだ。
研究や体験を通して得られた仮説を確認するすべがないからである。
それでこのままではダメだと思い、数年前から修行と研究に専念することにしたのだが、最近、ますます隔たりが大きくなってゆく感がある。